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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)92号 判決 1984年7月19日

東京都台東区蔵前三丁目一番二号

(送達先 千葉県八千代市八千代台西八丁目一二番二の一六号)

原告

株式会社ナガミネ

右代表者代表取締役

古瀬庄四郎

右訴訟代理人弁護士

渡部晃

有吉真

東京都台東区蔵前二丁目八番一二号

被告

浅草税務署長 福岡福男

右指定代理人

山崎まさよ

屋敷一男

江口厚太郎

大原豊実

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年六月二三日に原告に対してなした昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度(以下、「昭和五六年三月期」という。)の法人税を更正すべき理由がない旨の通知処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  確定申告

原告は法定の期限内に原告の昭和五六年三月期法人税の確定申告を次のとおりなした。

(一) 所得金額 零円

(二) 次期繰越欠損金額 一四二三万五八六六円

(三) 租税特別措置法(以下、「措置法」という。)六三条一項一号(昭和五七年法律第八号による改正前のもの。以下同様。)による課税土地(別紙物件目録記載の各土地である。以下「本件各土地」という。)譲渡利益金額二三九一万三〇〇〇円

(四) 納付すべき税額 四七八万二六〇〇円

2  更正の請求と本件通知処分

原告は昭和五七年五月一九日被告に対し、右課税土地譲渡利益金額及び納付すべき税額をいずれも零円とする更正の請求をしたところ、被告は同年六月二三日原告に対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下、「本件通知処分」という。)をなした。

3  本件各土地の譲渡利益

(一) 訴外楠原工業株式会社(以下、「楠原工業」という。)は原告に対し、昭和五五年四月一日当時、貸金四六〇〇万円、売掛金二七五九万四六七五円の各債権を有していた。

(二) 原告は楠原工業との間で同年四月二二日、同月一日現在の前項の債務のうち五三一三万円の弁済に代えて、原告所有の本件各土地を譲渡する旨合意し、同年中にこれに基づく登記を履行した(以下「本件代物弁済」という。)。

(三) 原告の本件各土地の取得年月日は昭和四五年八月一九日、取得原価は一四七九万三四〇〇円、本件代物弁済に伴う譲渡経費は一四四二万三五六九円であつたから、前項の譲渡利益の額は二三九一万三〇〇〇円(一〇〇〇円未満は切捨て)となる。

4  本件通知処分の違法

しかし、本件代物弁済による譲渡利益に対しては次に述べる理由から措置法六三条一項一号の適用がないものと解すべきである。

(一) 所得税法九条一項一〇号は資力を喪失した個人が所有する不動産については、その担保権実行による譲渡所得を非課税としている。

したがつて、条理上、措置法六三条一項一号の適用においても、資力を喪失した倒産会社の所有する不動産が担保権の実行によつて移転した場合は、右法案の「法人」及び「譲渡」に該当せず、非課税所得になると解すべきである。担保権実行による倒産会社の譲渡利益が形式的なものであり、担税能力がない点では自然人と同様に考えられなければならない。ちなみに、本件の代物弁済にあつて,原告は短期重課制度をもつて律しなければならないような土地投機をしたわけでもなければ、土地譲渡によるうまみを得たわけでもない。

(二) 本件代物弁済当時、楠原工業は本件各土地等を共同担保として、東京法務局城北出張所昭和五四年四月二五日受付第三六六一一号、原因は同年同月二四日設定契約、極度額七〇〇〇万円、被担保債権の範囲を商品売買取引・金銭消費貸借取引・手形債権・小切手債権、債務者原告とする各根抵当権設定登記にかかる根抵当権を有していた。

(三) なお、楠原工業は本件各土地等につき、本件代物弁済の当時、前記3(一)の各債権を被担保債権として、代物弁済予約に基づく仮登記にかかる仮登記担保権も有していた。

(四) 原告は昭和五四年九月二六日及び二八日に手形不渡りを出し、そのころ事実上倒産した。

本件代物弁済は実質的には右担保権の実行にほかならない。

5  前置手続

本件通知処分に対する異議申立は昭和五七年八月五日、同棄却決定は同年一一月五日、審査請求は同月二四日、同棄却裁決は昭和五八年四月二〇日、それぞれ適式になされた。

よつて、原告は請求の趣旨1項記載の本件通知処分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否等

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3は、(一)、(二)の各事実は不知、(三)の事実は認める。

3  同4は、(一)のうち前段の主張を認め、後段の主張は争う。

所得税法九条一項一〇号の趣旨は、個人が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な場合であつて、国税通則法二条一〇号に規定する強制換価手続による資産の譲渡または強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合に、その資産の譲渡による所得に対してまで課税を強行すれば、個人すなわち自然人の最低生活まで破壊し、その生存権をおびやかすおそれもあるため、これを非課税所得としてものであり、法人についてまで右所得税法の規定に準じた立法ないし取扱いをしなければならないものではない。

措置法六三条一項一号が適用される「法人」については、特に右法条の適用を除外する旨の規定は存在しないから、倒産会社であつても課税は免れない。

また、同号の「譲渡」についても、同条3項各号以外には適用を除外する旨の規定は存在せず、本件代物弁済は右の除外事由に該当しない。

(二)の事実は、登記の存在を認め、その余は不知、(三)、(四)の各事実は不知。

4  同5の事実は認める。

第三証拠

証拠は、本件記録中の書証・証人等各目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因のうち事実についての判断

請求原因1(確定申告)、2(更正の請求と本件通知処分)、3(三)(譲渡利益)、4(二)のうち根抵当権設定登記の存在、5(前置手続)の各事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証、証人大谷英雅の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

1  原告は昭和五四年九月二六日及び二八日に手形不渡りを出して事実上倒産した。当時、原告の負債総額約一億〇八七〇万円であつたが、その後、楠原工業を除く債権者らに対しては売掛金を回収して債権額の相当割合に当たる弁済をし、昭和五五年三月ころ私的整理手続をほぼ終了した。

2  楠原工業は原告に対し、昭和五五年四月二二日当時、請求原因3(一)のとおり各債権(合計七三五九万四六七五円)を有していた。そこで、同日、台東簡易裁判所の即決和解手続により、請求原因3(二)のとおり、右債務のうち五三一三万円について、本件代物弁済がなされた。

3  なお、楠原工業は本件各土地等につき、請求原因4(二)のとおり根抵当権を有し、また原告から東京法務局城北出張所昭和五四年九月六日受付第七九六〇二号、原因同年八月三一日代物弁済予約とする所有権移転請求権仮登記を得ていたが、その被担保債権は昭和五五年四月二二日当時、右2のとおりであつた。しかし、楠原工業の右仮登記担保権は原告の倒産時に密接して設定されたものであるため、これを実行することに対しては、他の債権者の強い反対があつた。

二  請求原因4(一)(非課税所得)の主張に対する判断

1  右一の事実によれば、本件代物弁済は法人である原告が昭和四四年一月一日以後に他の者から取得した土地の譲渡行為であるから、措置法六三条一項一号(前記旧規定)に該当し、いわゆる短期譲渡利益の額は請求原因3(一)のとおりとなる(本件について同条三項各号所定の適用除外事由を考慮する余地はない。)。

2  原告は、法人の所得の算定にあたつても、所得税法九条一項一〇号と同趣旨の解釈を施すべきであり、倒産した法人の所有する土地に対して担保権が実行されたことによる(あるいはこれと同視できる事情による)当該土地の譲渡利益は非課税と解すべきであると主張する。

しかし、法人であると個人であるとを問わず、本来、譲渡所得に対する課税は、譲渡時における当該資産の増加益を課税の対象とするものであり、無償譲渡であつても課税所得が発生する余地のある性質のものである(所得税法五九条。なお、昭和二二年法律第二七号(旧所得税法)五条の二参照)。したがつて、右増加益が譲渡行為によつて実現した以上は、譲渡利益が発生し、所定の計算の結果、所得が存在する限り、右譲渡利益が他の債務の弁済に用いられる運命にあつたとしても、これによつて担税能力が左右されることにはならない。それにもかかわらず、所得税法九条一項一〇号が「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」に、強制換価手続(国税通則法二条一〇号)による譲渡所得を非課税と定めた理由は、法人と異なり個人(所得税法二条一項三号及び五号、五条一、二項参照)に対しては、その最低限度の生活を保障すべき憲法上の要請があり、これを考慮して、一定の合理的な範囲で課税所得とすることを控え、個人の生計維持を図つたものである。ちなみに、土地の譲渡利益であつても、所得税法三三条二項一号に該当するものであれば、倒産状態にある個人であつても非課税としなかつたのも、これが右の考慮の外にある所得と考えられたからである。

そうであれば、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である」状況に原告が陥つているとしても、このことによつて法人である原告の本件代物弁済による譲渡利益を非課税所得と解さなければならない条理上の根拠は存在しないといわざるをえない。原告の立論は個人と法人との相違を度外視したものであつて、採用できない。

なお、原告は措置法六三条一項一号の解釈論を主張しているかの如くであるが、短期重課制度自体を争点とする趣旨でないことは記録上明らかであるから、請求原因4(一)の主張については、以上のほか特に判断すべきものはない。

三  結論

よつて、原告の更正請求は理由がなく、これに対して更正すべき理由がないとした被告の本件通知処分は正当であるから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本和敏 裁判官 太田幸夫 裁判官 滝沢雄次)

物件目録

(一) 所在 東京都葛飾区亀有壱丁目

地番 七弐番参

地目 宅地

地積 弐六参・九九平方メートル

(二) 所在 右同所

地番 七弐番四

地目 雑種地

地積 六六平方メートル

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